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大震災後に我が国の研究の質を低下させない、あるいは向上させるためには。

大学院バイオサイエンス研究科
研究科長 池村 淑道

 大震災後には、我が国の大学院での教育研究のための資金が減少することは避けられないと思います。教育用の資金が、被災地の教育システムの復興のために優先的に使われるのは当然のことであり、特に初等中等教育については緊急の課題です。被災していない大学や大学院等での研究費、特に競争的資金が減額される可能性は高いと考えられます。その様な状況においても、我が国の研究の質を低下させないことが重要です。皆で知恵を出し合うことが重要ですが、私は可能と考えています。

 最近の我が国の研究、特にバイオ分野での研究において「高額機器と高価な試薬と少々のアイディア」が主流になる傾向に、私は違和感を覚えてきました。理由の一つは、若い頃にサンガー先生の直弟子の研究室に所属し、サンガー流の研究に触れた事と関係します。サンガー流の研究においては、スーパーマーケットやドラッグストアーで買える品々が多用されており、高額機器と高価な試薬はほとんど使われていません。サンガー先生は、自身も含めて世界の誰もが出来ない研究に興味の中心を置いているからです。世界中の誰もが出来ない研究に挑戦する際には、それに特化した高額機器や試薬が存在しないのは当然で、全てが自身の創意工夫になります。それでは、研究の能率が悪いと思うかもしれませんが、そのような研究こそが歴史に残る傾向にあります。能率良く進行する研究は、多くの場合、他者も類似の研究を行うので、歴史に残りにくい傾向にあります。

 勿論、サンガー流の研究を大学院時代から開始する事は、あまりにも無謀です。大学院時代の様に時間的な制約のある研究では、出来そうな研究から開始すべきです。従って、資金的に可能ならば、「高額機器と高価な試薬と少々のアイディア」の様な確実性の高い研究を行うのが安全ですし、優れたアイディアであれば更に望ましいと思えます。しかしながら、私がここで知っていて欲しいことは、お金がなくても質の高い研究が出来ることです。独り立ちした研究者になってからは「高額機器と高価な試薬と少々のアイディア」の様な研究が主流的な研究と思ってもらいたくないと考えています。なぜなら、その様な研究が主流では、経済状態と共に、我が国の研究の質が低下してしまうからです。

 少し私の大学院時代からの経験を紹介してみたいと思います。大学院時代には、残念ながら、影響力の乏しい論文しか発表出来ませんでした。物理学専攻へ進学したのですが、指導教官の意向で研究室全体がバイオへと転向した時期でした。研究室としての蓄積の無い状態でのスタートで困難ばかりでしたが、自ら問題の解決を目指す姿勢は学べました。当時の物理学分野では、大学院教育とも関係して、銅・鉄主義が論じられていました。高名な先生が銅を対象に良い研究を発表したら、同様な解析を鉄で行う研究の是非です。バイオ分野について表現するとすれば、線虫・ショウジョウバエ主義とでも呼べる研究のスタイルです。世界で行われている大半の研究はこれに属しており、必要かつ重要な研究で、時間的に制限のある大学院生のテーマには向いています。但し、当時の私の所属していた物理教室では、それだけには不十分であることが常々議論されており、今でも強く印象に残っています。大学院修了後に、サンガーの直弟子の研究室に所属し、サンガー流の研究に接した際に、銅・鉄主義ではない研究を体験できました。世界で誰も出来なった研究方法を、私自身でも開発する事が出来、日々自然が自分だけに秘密を語ってくれている事を体験しました。大学院時代に有意義な研究が出来なかった残念な経験がハングリー精神となって、プラスに働いていた様に思えます。日本に帰ってからも、自分が開発した技術なだけに、長期間に渡ってもその改良に意欲的に取り組めました。自然が自分だけに次々に秘密を語ってくれるのは、とても大きな喜びです。

 最後に、長浜バイオ大の大学院での研究について考えてみます。毎年に定常的に配分される研究費は、卒研費や大学院生用の研究費を含めると、我が国の有力な国立大学と比べても見劣りするものではありません。その上、本学の特徴として、バイオ系でありながら、化学合成に強い教員や、特徴ある生物材料を持つ教員、情報解析の教員等が揃っています。このような教員が、相互に強い所を持ち寄れば、研究資金の大小で価値が決まるわけでない、サンガー流の研究を行うことも可能に思えます。「研究費の調達が出来れば、研究目標の大半が達成される」様な研究が我が国の研究の主流であるならば、今回の大震災をきっかけに、我が国の研究の質は低下の速度を速めてしまいます。

 大学院の過程では、研究に直接に係わる知識や技術を学ぶだけでなく、我が国の研究、自分の研究のありかたについても学んでほしいと思います。多くの院生の方は、企業へ進まれると思いますが、企業においても、特徴のある人材になってほしいと思います。資金がない、危機に出あった等の際に、それが次への飛躍となるような、したたかな企業人や研究者になってほしいと願っています。