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2023年度長浜バイオ大学入学式 学長式辞

今年は春の訪れが早く、湖北の長浜でも、琵琶湖を渡る風に木々の息遣いを感じます。桜も今、正に満開です。この春、長浜バイオ大学は、設立20周年を迎えました。2003年に1期生を迎えて以来20年、この記念の年に21期生として、フロンティアバイオサイエンス学科68名、フロンティアバイオサイエンス学科臨床検査学コース20名、アニマルバイオサイエンス学科59名、メディカルバイオサイエンス学科30名、また、フロンティアバイオサイエンス学科3年次には1名、の178名がバイオサイエンス学部に入学・編入学されました。そして大学院には、博士課程前期課程へ46名、博士課程後期課程へ1名が進学されました。皆様、ご入学・ご進学おめでとうございます。ご家族・ご関係の皆様にもお祝い申し上げます。長浜バイオ大学教職員、在校生一同、心より歓迎いたします。

2019年末に出現した新型コロナウイルス感染症は、世界的なパンデミックを引き起こし、ここにおられる学部入学生の皆様の多くは、高校生活の全てを、コロナウイルスと共に過ごされたことと思います。また、大学院に進学される皆様も、これから本格的に学び、実験をし、研究を始めようとした矢先に新型コロナウイルスが襲来し、本来の学生生活を送ることができませんでした。その新型コロナウイルス感染症も、この5月には、感染症法の2類相当から季節性インフルエンザと同じ5類へ移行することとなり、少しずつ日常が戻りつつあります。

皆様は、3年にも及ぶ私たちの新型コロナウイルスとの闘いに、バイオサイエンスが大きく貢献していたことに気付いておられるでしょうか。中国の武漢で正体不明の肺炎が拡がった時、いち早くその原因がコウモリ由来のコロナウイルスと確定できたのは、遺伝情報を読み取るDNAシーケンスなどの遺伝子解析技術とそれまでに蓄積されていた膨大なウイルスの遺伝子情報のおかげでした。ちょうど20年前、2003年に感染拡大した前回のSARS(重症急性呼吸器症候群)では、発生から原因ウイルスが確定するまで半年近くもかかりました。20年前ですから、バイオ大学の設立の年です。この20年の間にバイオサイエンス技術は飛躍的に進歩しました。原因ウイルスの確定だけでなく、診断も今は遺伝子診断です。皆様の中には、PCR検査を受けられた方も多いのではないでしょうか。PCR法は、遺伝子を人工的に増幅する方法で、大学院に進学された皆様は、全員、学部の実習で学び、卒業研究でも大いに利用した方も少なからずおられるはずです。また、今回、mRNAワクチンという言葉を初めて耳にし、接種をためらった方もおられたと思いますが、mRNAワクチンでなければ、これほど早く実用化はできなかったでしょう。mRNAワクチンは、遺伝子を切ったり繋げたりする遺伝子組換え技術がなければ実現しませんでした。さらに治療薬は、新型コロナウイルスに結合して感染を阻止する抗体というタンパク質が利用されていますが、タンパク質の立体構造を解明する技術、そして人工的にタンパク質を改変する技術が必要です。これら、新型コロナウイルスに対抗した技術は難しそうに聞こえますが、PCRも含め、その理論の基礎から実習まで、全てバイオ大学のカリキュラムに組み入れております。バイオサイエンスは、医療だけでなく、食糧問題、環境保全、生物多様性の維持、エネルギーの確保など、現在、世界が抱える課題の解決になくてはならない技術を提供し、実際に社会で役に立ち、ダイナミックに進歩しています。長浜バイオ大学で積極的に学び、大学院で自ら考え研究することを通して、そのことを実感していただきたいと思います。これからのバイオサイエンスを発展させ、社会で活躍するのは、今日、入学・進学される皆様です。

昨年、2022年のノーベル医学生理学賞はスウェーデン出身で、ドイツのマックス・プランク研究所のスバンテ・ペーボ博士が受賞されました。新型コロナウイルスのワクチン開発など現実的なことに目が向くことが多い中、ノーベル賞は取れないと言われてきた進化学の分野での受賞で、ご研究は「絶滅した人類のゲノムと人類の進化に関する発見」です。

「人類はどこから来たのか、どのようにして現在の人類へと進化してきたのか」という疑問に対し、かつては考古学、霊長類学、言語学、地質学などが主役でしたが、PCR法やDNAシーケンスなどの登場により1990年代頃からその研究手法が劇的に変化しました。ペーボ博士は、4万年前の骨に残されていたDNAを抽出することに初めて成功し、ゲノム比較によって、絶滅したネアンデルタール人の遺伝情報の一部が、現代人のゲノムの中に残っていることを明らかにされました。今の現生人類(ホモ・サピエンス)と旧人類が交配していた可能性を示し、世界に衝撃を与えました。

ペーボ博士はさらに、現代人が、新型コロナウイルスの重症化リスクに関わる遺伝子や逆に重症化を抑える遺伝子を、ネアンデルタール人から受け継いでいることも明らかにされました。これには、現代人の膨大な遺伝子情報とコロナウイルス感染状況、感染者の臨床情報などのいわゆるビッグデータを解析することが必要です。現代のバイオサイエンスには、このようなデータサイエンスの視点が欠かせません。長浜バイオ大学のカリキュラムには、その基礎となる統計学などの講義科目とプログラミングなどのコンピュータ実習が配置されており、今後は、さらに充実させていきたいと考えています。

そのペーボ博士が愛する西光禅寺という禅寺が広島にあります。ご住職は檀上宗謙さん。ペーボ博士は日本を訪れる時は、「ホテルよりダンジョーの寺がいい。」と、決まって西光禅寺に滞在されるそうです。研究の集大成とも言える著書『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(原題:Neanderthal Man)も、3ヶ月をかけてこのお寺で書かれました。

ご住職の檀上さんは、寺を訪れた人に「庭の中からひとつ、自分の好きな石を見つけてきてください。」と、声をかけられます。たった一つだけ。自分にとって一番大好きな、これが私だ、というもの。それに向き合ったとき、本来の自分が自ずと出てくる。禅は、自分の「内」を見ることの大切さを教えてくれるのだそうです。

ペーボ博士が研究を始めた1980年代はDNA抽出の技術水準も低く、古い骨から抽出して遺伝子配列を復元するのは困難だとされており、特に問題になったのが、現代人のDNAの混入でした。発掘や研究の過程で現代人の汗や皮膚片などが、ほんのわずかでも紛れ込んでしまうと、誤った実験結果を導いてしまいます。思うような結果が出ない日々の中で、日本の禅寺を訪れるようになったそうです。博士は西光禅寺で、「自分の石を探す」時間を過ごされたのでしょう。

私は、今日入学される皆様に、大学あるいは大学院生活の中で、是非、たった一つの自分の石を探して頂きたいと思います。ペーボ博士は、若い研究者へ「興味を持っていること、自分にとって重要だと思うことをするべきです。苦手なことを楽しめるというのはめったにない難しいことですが、好きなことであれば後でどんな結果になったとしても、その過程を楽しめると思います。」とメッセージを送っておられます。皆様は、自分が興味を持てること、重要だと思うこと、そして好きなことを見つけて下さい。それはもしかしたら、バイオサイエンスには関わりのないことかもしれません。それでも構いません。これからの人生で、「自分の石」と思えることを見つけて下さい。長浜バイオ大学が、そのような皆様を全力で応援することをお約束して、私の式辞と致します。

本日は、ご入学、ご進学、おめでとうございます。

2023年4月1日 長浜バイオ大学 学長 伊藤 正惠