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学生実験で見つけた100年前の不思議な現象(その3)

長浜バイオ大学の2年次生の学生実験では、「タンパク質混合液のなかから、リゾチームという溶菌(菌を破壊)作用のある蛋白質だけを取り出す」実験をしています。ある日、学生はリゾチームを取り出すことに成功をしますが、溶菌作用が"ない"ことに気付きました。今村比呂志 助教、神村麻友 助教、川瀬雅也 教授は、この意外な結果をきっかけとして、100年前の「中村効果」の再発見に至り、その教育効果を報告しました。

学生実験の日常での“再発見”ストーリーを連載でご紹介します(その1その2へ)。

———発見かな?と思ったら100年も前の論文に書かれていたと。しかもドイツ語とは。読むのも大変そうですね。
川瀬: ええ、ドイツ語は久しぶりでしたが、私が担当しました。そこには水酸化ナトリウムを加えると菌が溶解されるように見えると書かれていたんです。これが後に中村効果と呼ばれるようになりました。
———ということは、中村博士は既に100年前に解決していたってことですか?
川瀬: いえ、現象としてはそうなんですけど、背景のメカニズムは当時はわかってなかったんです。まだタンパク質の実体も不明な時代ですから。
今村: 中村博士の論文がきっかけで、1920年代から1960年代くらいまでかけて、そのメカニズムが解明されていったことが調査でわかってきました。でも1990年代になるともう中村効果という言葉は見られなくなっていました。
———見なくなって30年ですね。古い文献が入手しづらいせいもあるでしょうが、大事な研究でも忘れられてしまうものなんですね。
神村: そうなんです。今回不思議な現象が起きたのは、イオン交換クロマトグラフィー実験のときだったのですが、似たような実験は他の大学でも行われているので、本来変なことは起こらないはずなんです。実際、そんな報告はありません。
———不思議ですね。なぜこのようなことが起きたのでしょうか。
神村:結論から言うと、ただ出てきたタンパク質の濃度が普通よりも高かっただけなんです。

注:本文の内容を生成AIに描かせてみたものです(ComicAIを利用しました)。

今村: 高いタンパク質の濃度が菌の溶解が見えにくくなる条件なんですよね。ちょっと詳しい話をすると、タンパク質と菌がプラスの電荷とマイナスの電荷を帯びてくっつくのです。これが高い濃度になると顕著になる。
神村: 中村効果は、水溶液をアルカリ性にすることでタンパク質が電荷を帯びないようにする効果があるんです。それで菌とはくっつかなくなります。
———タンパク質は電荷を帯びているのですね。
神村: そうです。クロマトグラフィーの例えで障害物という話をしましたが、障害物としてタンパク質の電荷と逆の電荷を帯びたものを仕掛けておくのです。
———なるほど、そこにつながるんですね。(その1を参照)
神村: そうなんです。このイオン交換クロマトグラフィーはタンパク質の精製の基本的な技術ですが、目に見えないものを理解してもらうのに苦労していました。ふと、イオン交換クロマトグラフィーも中村効果もタンパク質の電荷が鍵であることに気づきました。
今村: そこで、イオン交換クロマトグラフィーの実験に中村効果の実験も取り入れてみました。すると、学生さんも、菌が見た目溶解していくので「おお~」となっていました。
———どちらも共通のメカニズムだからわかりやすいですね。
神村: そうです。中村効果は電荷の変化が目で見えるため、学習効果が高まるかも、とやってみると、学生の実験内容の理解に効果があったので、これを論文として報告することにしたんです。
———まさに100年前の中村博士の発見を、学生実験で”再発見”したわけですね。
<おわり>

連載を始めから読む(その1その2

本成果は、生物工学会誌 (URL:https://doi.org/10.34565/seibutsukogaku.102.2_67)に掲載されました。
論文名「タンパク質の電荷を実感する学生実験の一工夫:リゾチームのイオン交換クロマトグラフィーと中村効果」(英題: A student experiment to realize protein charge via ion-exchange chromatography of lysozyme and Nakamura effect)
今村比呂志(共同第一著者, フロンティアバイオサイエンス学科), 神村麻友(共同第一著者,フロンティアバイオサイエンス学科), 川瀬雅也(メディカルバイオサイエンス学科), 生物工学会誌 102巻(2号), 67-75.